明日葉の体験談

明日葉で抗ガン剤の副作用が軽減した

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平成4年の秋、腹部に異常を感じながらも、無理して12月に所用で渡米、年が明けて平成5年の1月15日の成人の日に、埼玉医大で、なんと「腫瘍」と診断されたのです。

そして、2月の10日に手術を受けたのです。

腫瘍は子どもの頭ほども大きくなっており、卵巣にできていました。

それがガンであることは後で知りましたが、当時は誰も教えてはくれませんでした。

術後に大量の薬の点滴がありました。

その副作用が凄いのです。

のぼせ、寒気が交互に襲い、さらに発熱で声も出なくなりました。

そんな状態が2日も続いたのです。

食べ物もノドを通りません。

臭覚もマヒしたのか、臭いも感じませんでした。

かろうじてリンゴだけは食べられたのですが、でも、すぐに嘔吐してしいました。

本当にあのときは生きた心地がしませんでした。

入院は最低4ヶ月と言われていました。

まさか自分がガンで手術し、入院しているなんて思っていませんでしたから、そのうち、と思っていました。

やがて手術から1ヶ月後、部屋を変わりました。

その病室は全員がなんとガン患者さんだったのです。

周囲はみんなガンの患者さんで、その中の私。

もう疑う余地なんてありませんよね。

「ああ、私はガンだったんだ」と悟りました。

あの強烈な副作用を伴う点滴もこれで合点がいきました。

でも、病院はそれでも私のことを気づかってか「ガンじゃありません」というのです。

ですので、病院側からの抗ガン剤の説明も、副作用の説明も行われませんでした。

インフォームドーコンセントが当たり前になった今日では考えられないことですが、当時は「知らせない」ことが患者さんにとってプラスになると思われていたんですね。

さて、同部屋の患者さんの中に「キチンキトサン」を飲んでいる人がいました。

抗ガン剤の副作用に悩んでいた私がキトサンの入手を母親に頼むと、気を利かせてキトサンの他に、霊芝、朝鮮人参を大量に送ってくれました。

1ヶ月毎に抗ガン剤の投与を受け、その間、キトサン、霊芝、朝鮮人参を飲み続けましたが、抗ガン剤の副作用は強烈で、血を吐くような嘔吐、脱毛、気力、体力の減退、白血球の減少が続きました。

4ヶ月後に再手術を行ない、6ヶ月で6回の抗ガン剤投与を受け、6ヶ月後に1度退院しました。

主治医としては、私のガンを治すことが第一義ですので、抗ガン剤をマニュアル通りに投与するのでしょうが、患者が受ける副作用による苦しみへの訴えは、すべて無視されてしまいました。

退院後は3ヶ月に一度の抗ガン剤投与が必要と言われましが、2回目のとき、副作用のあまりの苦しさに耐えられず、漢方、東洋医学などの治療を希望しました。

でも、「それじゃ、死んでしまいますよ」と医者からいわれ、ずるずると3ヶ月に一度の抗ガン剤投与を五回も受けました。

ちょうどそのころ、本を読み、思い切って抗ガン剤投与の中止を、病院側に要望しました。

病院の中に話の分かる先生がおられて、「それじゃ、止めましょう」ということになったのです。

さて、それからが問題です。

じゃ、何がいいのか、ということになったわけです。

必死に自己流治療法を調べるうち、明日葉にかけてみることにしたのです。

そして、最期の抗ガン剤投与の前に、明日葉を飲んだのです。

すると、今まで何を飲んでも死ぬほどの副作用があったのに、このときは副作用が大変軽かったのです。

また白血球の減少も少ししかありませんでした。

明日葉を飲み始めて10日くらいすると、身体に力がわいて、やる気が出てきました。

その後は、手術することも、抗ガン剤の投与を受けることもなく、みるみる体力を回復し、正常な日常生活を送れるようになりました。

その後もずっと明日葉製品を飲用し、庭に明日葉を植えて料理に利用しています。

発病後六年経ちますが、今では血色も良く、食欲も旺盛で、年より若く見られるほどです。

病院で同室の人が例外なく抗ガン剤の副作用に苦しめられ、死んでぃった多くの例を知っているだけに、今自分があの病院の部屋にいれば、明日葉をすすめまくって、たくさんの人に感謝されていたに違いないとの思いがあります。

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