メシマコブ体験談

鼻づまりかと思ったら上顎ガン

メシマコブ

ガンコな鼻づまりが、やがて

父は28歳のときに税理士事務所を創設し、所長として40年間にわたって働きつづけて引退しました。

現在は顧問として活躍しています。

誠実で実直で正直な、昔ながらの税理士のイメージそのものの父で、いまでも間違ったことに対しては絶対に許さない厳しさをもっています。

そんな父が、上顎洞ガンになってしまいました。

最初は、右側の鼻が詰まって、いくらかんでも直らないというようなことでしたが、花粉症だろうくらいに思っていたそうです。

たしかにそのころから父の声は少し変わっていましたが、私たちも特に気にもしませんでした。

ところが、そうこうしているうちに鼻血が少しずつ出るようになり、歯茎が腫れてきました。

母親が心配して盛んに病院へ行くように言ったそうですが、父もたかをくくっていたのか、なかなか受診しませんでした。

そのころは「そのうち良くなるだろう」と思っていたのだそうです。

しかし症状は一進一退を繰り返しながら少しずつ悪化していき、やがて頭痛もするようになってきました。

母はヒステリックに父に病院へ行くように叫び、父も自分自身いよいよおかしいと思ったのか、ようやく都内の大きな病院へ受診することになりました。

あわててメシマコブを購入

あとから父に聞いたところによると、最初に鼻と口の中を見たときの医者の反応で、父は悪い病気であることを悟ったそうです。

若くて精悍な感じの医師の顔がサッと青ざめ、それから難しそうな表情が消えなかったというのです。

その後、レントゲン撮影が行われ、上顎洞ガンであることが父に伝えられました。

父は入院や手術ということが言われることを覚悟していましたが、まさかガンだとは思っていなかったので、大変に動揺したそうです。

しかし、「ガンといってもまだまだ希望のもてる段階だから落胆しないで、治療して完治を目指してください」と勇気づけられ、少しほっとしたと言っていました。

現在は私か所長を引き継いでいる事務所に、母親から電話がありました。

もう八時を過ぎていて、そろそろ帰る支度をしようかと思っていたところでした。

父の病気のことなどまったく頭になかったところに「お父さん、ガンだって」という母の声を聞いても、一瞬なんのことかわかりませんでした。

私は父に親孝行らしいことがほとんどできていないので、死ぬまでになにかしてあげたいと思っていました。

ただ、まだまだ先だろうとは思っていたのです。

それが、いまもうガンだなんて・・・。

翌日、私はあわてて書店へ行き、いろいろな本を調べました。

そしてメシマコブが非常に抗ガン性が強く、効果もあるということだったので、これを父に飲ませるしかないと決意しました。

メシマコブはたくさん飲むほど作用も上がるということなので、とりあえず三か月分を購入しました。

メシマコブで元気回復!

病院から帰った父は、一見しっかりしていたそうです。

しかし、電話ですでに事の重大さを知らされていた母が駆け寄ると、「もうダメかな・・・」と大きな溜め息をついたそうです。

母や私たち夫婦は、それからはできる限り父のそばにいて話し相手になっていました。

「とにかく治ることを信じて、できるかぎりのことはしよう」と私か言うと、「ああ、面倒かけるな」と言っていました。

数日後にはメシマコブが届き、その日から飲みはじめました。

受診した翌日にはハタハタと入院して、すぐにCTやMRIなどの検査が行われていました。

こうして診断が確定した段階で、治療方針が決まるということでした。

幸いガンはさほど大きく成長していなかったので、とりあえず放射線療法や化学療法を試してみることになりました。

メシマコブを飲みはじめた父は思いのほか元気になり、いままで口にしたこともないような冗談を言ったりしていました。

たぶん、私たちに元気なところを見せようとしていたのでしょうが、食欲はあるし肌のつやもとても良いので、ガン患者にはとても見えませんでした。

放射線治療の副作用も、ほとんど出ませんでした。

この元気がガンの増殖を抑えたのか、ガンは少しずつ縮小しはじめました。

医師は「この調子なら問題ありません。部分的な切除手術は行うかもしれませんが、ほぽ安心していいと思います」と話し、母は涙を流して喜びました。

父は現在も治療を続けていますが、自宅で元気に過ごしています。

本人は、自分はメシマコブでガンを克服したと信じこんでいます。

もちろん予断は禁物ですが、経過はとても良好で、私たちもホッとしています。

いまでは母もメシマコブを飲んでおり、とても元気に過ごしています。

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