メシマコブ体験談

メシマコブで悪性リンパ腫の容態がどんどん良くなった

メシマコブ

悪性リンパ腫から肝臓に転移

一時は生きるか死ぬかの大騒ぎでしたが、今母はとても元気になり以前どおりの生活をしています。

一時はもうダメだと、親戚一同が病室に集まったこともありますが、今では笑い話です。

母の病名は長い間わかりませんでした。

身体がだるい、微熱が続く、夜眠れないなどと訴えていましたが、町医者にかかっていたので、更年期障害だと決めつけられていたようです。

母も母で大きな病院に行くのをこわがって、町医者の出すビタミン剤とか解熱剤とか、そんなものを飲んでごまかしていたようです。

しかしある時、母は貧血で倒れ、意識不明となったため救急車で地元の大病院に運ばれ、そこで悪性リンパ腫であることがわかりました。

具合が良くないと母が言いはじめて1年以上がたっていました。

右脇の下と足の付け根のリンパ腺が腫れており、そこが主要な患部だったようです。

悪性リンパ腫には悪性度の高いものと低いものがあるのですが、幸い母は悪性度の低い方だそうです。

悪性リンパ腫は血液に乗って、ガン細胞が全身どこへ転移するかわかりません。

そのため手術で取り除くより抗ガン剤がよいと言われ、母は震え上がってしまいました。

「おっかねえ。抗ガン剤で兄も死んだ。オラも死ぬ」と半狂乱です。

この時血圧がものすごく上がって、また意識障害のような感じになったため、本当にもうダメかもしれないと親戚中が集まってしまいました。

病院では危険だとも何とも言っていないのに、20入近くも親戚が来たのであきれられてしまいました。

ただそのとき集まった親戚の中には、父方の叔父がいて、この人が命の恩人になりました。

自分も肺ガンで余命半年と言われたが、これで治ったと酵素処理メシマコブを持参してくれたのです。

落ち着いた母に、叔父は「大丈夫だから心配しなさんな。俺はこれで今もピンピンしているから」と笑いながら諭してくれました。

母は涙を流しながら礼を言い、それから熱心に酵素処理メシマコブを飲みはじめました。

もっとも叔父が持ってきたのは1瓶だけだったので、その後はまとめて多めに注文し、ゴツゴツ飲みはじめたのです。

その後、抗ガン剤治療が始まりました。

母は最初の頃こそ気持ちが悪い、としきりに吐き気を訴えていましたが、その後は落ち着き、アズキが食べたい、漬け物が食べたいと食欲も出てきたようです。

幸い酵素処理メシマコブは、アズキなどに混ぜると全くわかりません。

普通に50粒ほどは飲んでいましたが、さらに食物に混ぜて数をこなし、それにつれて気力も出てきました。

「叔父の言うことは本当だった。もう全然何ともない」とゴキゲンです。

病院でははじめ、なるべくそういうものは口にしないでほしいような話でしたが、母の容態がどんどん良くなるので、それ以上は何も言われませんでした。

父がその病院の院長とは古い知り合いだったので、多分口添えしてくれたのでしょう。

母は5クールの抗ガン剤治療をこなし、叔父のようにピンピンして退院しました。

その後も抗ガン剤を飲んでいますが、体調はすっかりよくなり、寒い冬にも朝早くから雪かきをするほどです。

「あんまり疲れるようなこと、するな」と父は言っていますが、「なあに、全然疲れねえから」と元気いっぱいです。

叔父の教えてくれた酵素処理メシマコブの効き目は、今では近所中の評判です。

「メシマコブつていうキノコでガンが治ったんだと」と、本当は抗ガン剤治療もしたのに、すっかり酵素処理メシマコブがガンを治した、ということになっています。

でも私も家族も親戚もそれは本当だと思っています。

母がぐんぐん回復していくのを目の当たりにしているのですから。

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